制御グループ

大規模ネットワーク性能評価のためのフローレベルシミュレータ

複雑化し続けるインターネットの特性を知る

近年、インターネットの複雑化が急速に進んでいます。その要因と して、以下の 3つが挙げられます。一つ目は、インターネットに接続す るホスト数が爆発的に増加していることです。これにより、多くのホス ト間の動作が相互干渉し、インターネット全体の挙動が複雑化していま す。二つ目は、インターネットへのアクセス回線が他種多様になってい ることです。現在、ADSL、光ファイバ、ケーブルテレビ、無線アクセス などの様々なアクセス回線による接続サービスが、プロバイダによって 提供されています。これにより、インターネット内の回線が不均一にな り、複雑化の要因となっています。三つ目は、インターネットの利用目 的が他種多様になっていることです。昔のインターネットの利用目的は、 単純なファイル転送、メール送信や Web へのアクセスがほとんどでし た。現在は、P2P 型のファイル共有、ネットワークゲーム、IP電話など が増えています。それぞれの利用目的に応じて発生する、それぞれのト ラヒックが相互干渉し、インターネット全体の挙動が複雑化しています。 これらの要因によってインターネットが複雑化し、その結果、インター ネットの性能を知ることが困難になっています (図1)。

ネットワークの性能を知るための性能評価手法としては、 数学的解 析・シミュレーション・実験があります。数学的解析は、対象とするネッ トワークを数学的にモデル化することによってその性能を解析する手法 です。しかし、数学的解析手法は、複雑なネットワークに適用するのが 困難です。また、さまざまな仮定に基づいて解析するため、得られる結 果の精度が低くなってしまいます。シミュレーションは、対象とするネッ トワークの抽象的なモデルを計算機上に構築し、ネットワークの挙動を 模擬することによってその性能を評価する手法です。実験は、実機を用 いて実際にネットワークを構築することにより性能評価を行なう手法で す。実験では、複雑なネットワークを構築するための実験機器を購入し なければならなないため、非常にコストがかかってしまいます。これら のことから、複雑なネットワークの性能評価手法として、シミュレーショ ン手法に期待が集まっています。

しかし、従来のシミュレーション手法では限界があります。それは、 非常に複雑なネットワークのシミュレーションでは、従来のシミュレー ション手法を用いた場合、計算量およびメモリ使用量が膨大になってし まうことです。これは、従来のシミュレーション手法ではネットワーク を流れるパケット一つ一つの挙動をシミュレートしているためです。従 来のシミュレーション手法はパケット一つ一つの挙動をシミュレートす るため、シミュレーション結果の精度が高くなるという長所があります。 しかし、先程の理由により、複雑なインターネットのシミュレーション を行えません。どうしたら複雑化しているインターネットのシミュレー ションを実現できるでしょうか? 答えは、複雑なネットワークでも、シ ミュレーションに必要な計算量およびメモリ使用量を小さく抑えるとい うことです。シミュレーションに必要な計算量およびメモリ使用量を小 さく抑えるためには、パケットごとではなく、もっとマクロな視点での シミュレーション手法が必要になります。しかし、ただ単に抽象度を高 くするだけでは、精度が低くなってしまいます。シミュレーションで は、、高い精度を維持する必要があります。たとえ、シミュレーション が実行できたとしても、的外れな結果しか得られないのでは意味がない からです。

そこで、我々の研究チームでは、フローレベルシミュレータの研究 開発を行なっています。フローレベルシミュレータとは、ネットワーク の挙動をパケットの流れ(フロー) というマクロな単位でシミュレート するシミュレータのことです。フローはパケットよりも抽象度が高いた め、フローレベルシミュレータは、複雑なネットワークでもシミュレー ションに必要な計算量およびメモリ使用量を小さく抑えることができま す (図2)。また、パケットの流れをフローとして近似する際には、精度 の高いネットワークモデルを用いることで、高い精度を維持することが できます。

(作元 雄輔)

図 1: 複雑化するインターネット

図 2: パケットレベルシミュレータからフローレベルシミュレータへ

広帯域ネットワーク向けトランスポート層プロトコルXCPの特性解析

超高速ネットワークのための新しい通信プロトコルをつくる

近年、高速なインターネット環境が普及しています。家庭向けのブ ロードバンド環境は数十 Mbps に達し、さらに、科学者向けの超ブロー ドバンド環境では、家庭向けの 1,000 倍にも達します。また、現在の インターネットでは TCP (Transmission Control Protocol) を用いた データ転送が広く行なわれています。TCP は信頼性のあるデータ転送を 行ない、インターネットで転送できるデータ量の限界を越えないように、 データの転送速度を調節します。この仕組みにおいて TCP はインター ネットの混雑状況をデータ送信元のマシン上で推定し、推定した混雑状 況に合わせてデータの転送速度を動的に調節します (図 1)。

しかし、現在の高速なインターネットには問題が存在します。例え ば、TCP は高速なインターネット環境の性能を十分に引き出すことがで きません。この問題は、TCP にあるインターネットの混雑状況を推測す る仕組みが原因となっています。

そこで、近年、高速なインターネット環境の性能を十分に引き出す ことができるように TCP を改良した XCP(eXplicit Control Protocol) が提案されています。XCP は、インターネットの混雑状況をデータ送信 元のマシン上で推測しません。その代わりに、XCP では、インターネッ ト内のルータによってインターネットの混雑状況が計算され、データ送 信元のマシンに通知します。これにより、XCP を用いたデータ転送は、 高速なインターネット環境を十分に利用することができます。しかし、 XCP によるデータ転送の効率は、ルータが計算するインターネットの混 雑状況はルータの設定に依存します。

本研究のねらいは、様々なインターネット環境において XCP の特性 がどのようになるかを明らかにすることです。まず、ルータの設定をど のようにすれば XCP は安定して動作するかを明らかにします。さらに、 XCP を最適に動作させるには、ルータの設定をどのようすればよいかを 明らかにします。これらのねらいを達成することで、XCP 利用者は、よ り効率的なデータ転送のサービスを受けることができます。また、ネッ トワーク管理者は、ルータにどのような設定を行なえば、XCP が安定し て動作するかを知ることができます。

まず、本研究では様々なインターネット環境における XCP の動作を モデル化します (図 2)。次に、作成したモデルを用いて XCP の特性を 解析します。ここでは、制御理論を用いて安定性を解析します。これに より、XCP が動作が安定するためのルータの設定を導出します。さらに、 安定性解析と同様に制御理論を用いて過渡特性を解析します。具体的に は、安定性解析によって導出したルータの設定の中で、XCP の動作を最 適とするルータの設定を探索します。

このようにして、我々は高速なインターネット環境を実現する XCP の特性を明らかにし、XCP を用いた効率的なデータ転送の方法を提案し ます。

(作元 雄輔)

図 1: TCP (Transmission Control Protocol) を用いたデータ転送のしくみ

図 2: さまざまなインターネット環境における XCP のモデル化

広域ネットワーク向けアクティブキュー管理機構の設計

ルータがネットワークの遅延をゼロにする

アクティブキュー管理機構は、エンド-エンド間で動作する TCP (Transmission Control Protocol) を補助する、ルータにおける輻輳制 御機構です。アクティブキュー管理機構は、バッファが一杯になる前に、 ルータに到着するパケットを積極的に棄却することにより、ルータのバッ ファ内パケット数 (キュー長) を制御します。これにより、バッファが 一杯になるまでパケットを棄却しない DropTail ルータと比較して、良 好な性能を実現することができると期待されています。例えば、アクティ ブキュー管理機構を用いることにより、ルータの平均キュー長を低く抑 えることができます。

これまで、さまざまなアクティブキュー管理機構が提案されてきま した。最も代表的なアクティブキュー管理機構として、RED (Random Early Detection) があります。RED は、ルータに到着するパケットを 確率的に棄却することで、ルータのキュー長を制御します。しかし、 (1)良好な性能を達成するためには、RED のパラメータの設定を注意深 く行なう必要があること、(2)定常状態における RED ルータの平均キュー 長がTCP コネクション数に依存してしまう、(3)伝搬遅延の大きなネッ トワークにおいて、ルータの平均キュー長が安定しない、などの様々な 問題が指摘されています。

そこで本研究では、既存の RED の問題点 (3) を解決する、SPRED (Smith Predictor for Random Early Detection) を提案します。SPRED は、代表的なアクティブキュー間機構 RED に、スミス予測器を追加し たものです。SPRED の特徴は、古典制御理論における遅延補償器(スミ ス予測器)を用いることにより、伝搬遅延が大きなネットワークにおい て平均キュー長を安定させ、高い特性を維持できるという点にあります。 また、SPRED を導入するためには単一のルータのみを変更すればよく、 エンドホストや他のルータを変更する必要がないというのも特徴です。

(山本 英之)

図 1: アクティブキュー管理機構

図 2: SPRED のしくみ

データ転送プロトコル GridFTP の性能評価

超高速データ通信を実現する転送プロトコルの実力は?

近年、グリッドコンピューティングが注目されています。グリッド コンピューティングとは、世界中のコンピュータを統合的に利用すると いうシステムです。世界中のコンピュータを使うことで、大規模科学技 術計算等が高速にできるようになります。しかし、そのためには、高速 かつ効率的にデータを転送する必要があります。グリッドコンピューティ ングでは、高速かつ効率的にデータを転送するために、GridFTP という データ転送プロトコルが利用されています。(図 1)

現在、GridFTP は、Global Grid Forum (GGF) という標準化団体に おいて、GridFTP version1 (GridFTP v1) および GridFTP version2 (GridFTP v2) という 2 つのバージョンが提案されています。GridFTP v1 は既に実装され、多くの人々に利用されています。一方、GridFTP v2 は標準化が進められている段階で、今後の動向が注目されています。 しかし、GridFTP v2 についての研究はされておらず、その性能は定量 的に明らかになっていません。また、GridFTP v2 で拡張された機能を 応用することで、どのようなサービスを実現できるかなどは明らかになっ ていません。

そこで、我々は GridFTP v2 に着目し、GridFTP v2 の性能を定量的 に明らかにすることを目指しています。また、GridFTP v2 で拡張され た機能を応用することで、GridFTP クライアント上で動作する、品質保 証を行う制御機構 (図 2) が実現できることを示します。GridFTP v2の 性能が定量的に明らかになれば、GridFTP v2 で拡張された機能がどに ような場面で有効であるかがわかり、正しく機能を使うことができるよ うになります。また、GridFTP v2 において拡張された機能を応用した サービスを実現することで、高度なサービスの実現が可能であることを 示すことに役立ち、GGF に貢献することができます。

(吉村 安彦)

図 1: データ転送プロトコル GridFTP

図 2: GridFTP v2 を利用した品質制御機構のしくみ

データ転送プロトコル GridFTP の自動パラメータ設定機構

超高速データ通信をどうやって実現するか?

近年、ネットワーク技術の発展に伴い、ネットワークの高速化が進 んでいます。1990 年代では一般家庭におけるインターネット利用者は、 電話回線を介して 64 キロビット / 秒の速さでインターネットに接続 していました。ADSL や FTTH の普及のおかげで、現在は数メガビット/ 秒〜数十メガビット/ 秒の速さでインターネットに接続することができ ます。また、研究用の高速なネットワークの中には、数ギガビット/秒〜 数テラビット / 秒の速さのネットワークがあります。

一方、グリッド技術の研究がさかんに行なわれています。グリッド 技術の発展により、ネットワークでつながっている複数のコンピュータ の CPU やメモリの資源を、あたかも 1 台のコンピュータのように利用 できます。グリッド技術を用いて安価なコンピュータを複数台利用する ことにより、非常に高価なスーパーコンピュータと同程度の性能が実現 できます。この技術のおかげで、例えば DNA の解析のような大規模な 計算が可能になりつつあります。大規模な計算を行う時には、計算に必 要なデータを複数のコンピュータ間で送受信する必要があります。

ネットワーク上でデータを送受信する時には、TCP と呼ばれるデー タの送受信に関する手順の決まりごと (プロトコル) が利用されます。 TCP を用いることにより、コンピュータ同士でデータを送受信していま す。しかし、ネットワークが高速になるにつれて、TCP では大容量のデー タを効率的に転送できないという問題が出てきました。TCP は 1970 年 代に開発されたものであり、近年の高速なネットワークには対応できて いないからです。

現在、TCP の問題を解決するため、GridFTP と呼ばれる新しいプロ トコルが提案されています。GridFTP は新しい機能を追加することによ り、既存のTCP の問題を解消しています。しかし、GridFTP を利用して 大容量データを効率的に転送するためには、GridFTP の利用者が 並 列 TCP コネクション数と呼ばれるパラメータを適切に設定する必 要があります。図 1 のように並列 TCP コネクション数を適切に設定し ないと、効率的にデータを転送できません。適切な並列 TCP コネクショ ン数は、データを送受信するコンピュータ間の環境により異なるので、 GridFTP の利用者が並列 TCP コネクション数を適切に設定することは 困難です。

そこで、我々は、GridFTP における並列 TCP コネクション数を自動 的に設定する機構を提案します (図 2)。提案する機構を利用すること で、GridFTP の利用者は何もしなくても自動的に適切な並列 TCP コネ クション数に設定できます。これにより、大容量のデータを簡単に効率 的に転送できるようになります。

(伊藤 建志)

図 1: 並列 TCP コネクション数とデータ転送速度の関係

図 2: GridFTP の自動パラメータ調整機構

流体近似法を用いたアクティブキュー管理機構のモデル化

高機能なルータを数学的にモデル化する

近年、エンド-エンド間で動作する TCP (Transmission Control Protocol) の輻輳制御を補助する、アクティブキュー管理機構が広く研 究されています。アクティブキュー管理機構とは、ルータで動作する輻 輳制御機構です。代表的なアクティブキュー管理機構である RED (Random Early Detection) は、ルータのバッファが一杯になる前の早 い段階からパケットを棄却することで、ルータのキュー長(バッファ内 パケット数)を管理しています。アクティブキュー管理機構を用いるこ とで、ルータにおいて、棄却されるパケットの数を減少させることがで き、ルータの平均キュー長を低く抑えることができます。その結果、エ ンド-エンド間のパケットの伝送遅延を減少できるなどの利点がありま す。

しかし、アクティブキュー管理機構 RED の問題点として、RED ルー タの平均キュー長が TCP コネクション数に依存してしまうことが挙げ られます。そのため、RED ルータの平均キュー長は、TCP コネクション 数が変動すると、不安定になってしまいます。実際に、インターネット では、TCP コネクション数は時間で変動します。したがって、インター ネットでは、RED ルータの平均キュー長は安定しません。

これまで、RED の問題を解決するために、新たなアクティブキュー 管理機構が数多く提案されています。DRED (Dynamic RED)は、それらの 一つです。DRED は、TCP コネクション数によらず、ルータの平均キュー 長をあらかじめ設定した目標値に調整できます。しかし、DRED の特性 は十分に明らかにされていません。

そこで、本研究では、DRED の特性を明らかにします。まず、流体近 似法を用いて、DRED のモデルを作成します。また、制御 CAD ツール MATLAB/Simulink を用いて数値シミュレーション(作成したモデルを用 いて模擬的に実験する)を行なうことにより、DRED の特性を明らかにし ます。

(山本 英之)

図 1: IP ネットワーク

図 2: アクティブキュー管理機構のしくみ

流体近似法を用いたリアルタイム系トランスポート層プロトコルのモデル化

リアルタイム転送プロトコルの特性を知る

近年、ネットワークの広帯域化やマルチメディアアプリケーション への要求の高まりにより、ビデオストリーミング、IP 電話、テレビ会 議、オンラインゲーム等の、リアルタイム系アプリケーションのデータ 転送を行なう、新しいトランスポート層通信プロトコルとして、DCCP (Datagram Congestion Control)が提案されています。DCCP は、送信側 ホスト - 受信側ホスト間で輻輳制御を行ないます。DCCP がどのような 輻輳制御を行うかは、DCCP を利用するアプリケーションが選択できま す。現在は、(1) TCP と同様の輻輳制御を行う「TCP型輻輳制御プロファ イル」と、(2) TFRC (TCP-frandly rate Control) と同様の輻輳制御を 行う「TFRC 型輻輳制御プロファイル」の二つが提案されています。

また、近年、ネットワーク内のルータににおいて輻輳制御を行う、 アクティブキュー管理機構が注目されています。アクティブキュー管理 機構は、DCCP の輻輳制御を補助します。代表的なアクティブキュー管 理機構の一つとして、RED (Random Early Detection)が提案されていま す。RED は、ルータに到着するパケットを確率的に破棄することで輻輳 制御を行ないます。

これまで、「TCP 型輻輳制御プロファイル」に関する研究は数多く されています。特に、TCP と RED の混在環境の特性は十分に解析され ています。しかし、「TFRC 型輻輳制御プロファイル」についてはあま り研究されていません。そのため、TFRC と RED の混在環境の特性は十 分に研究されておらず、TFRC と RED の相互作用の影響はほとんど明ら かにされていません。

そこで、本研究では、TFRC と RED の相互作用の影響を含めた、 DCCP と RED の混在環境の特性を明らかにします。まず、DCCP と RED を、それぞれ独立した離散系のシステムとしてモデル化します。次に、 DCCP と RED のモデルを相互に接続することによって、ネットワーク全 体をモデル化します。さらに、作成したモデルから、数学的解析手法に よって DCCP と RED の混在環境の特性を明らかにします。

DCCP と RED の特性を明らかにすることによって、DCCP をいつ、ど こで使用できるか、使用できないかを明らかにすることや、DCCP の改 良・新たな通信プロトコルの提案に、役立てたいと考えています。

(久松 潤之)

図 1: TCP 型輻輳制御プロファイルと TFRC 型輻輳制御プロファイル

図 2: ルータ上で動作する RED


Hiroyuki Ohsaki (oosaki[atmark]ist.osaka-u.ac.jp)
Last modified: Wed Nov 11 17:43:40 JST 2009